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「フーレップ物語」劇評1
劇評2(村井建)  劇評3(七字英輔)

現代人が見失いつつある風の匂いを表現
鴻 英良(演劇批評)
社会新報(1984.4.20)

『風の匂い3ーフーレップ物語』
1982年初演、1983再演、1984年再々演
作・演出 林 英樹
出演 大塚由美子、滝康弘、塩原徹、斉藤秀夫、河南美樹雄、林英樹ほか


一片の土地にも無数の記憶がある。だが、土地の記憶が自己完結的 な物語を生み出すことを拒絶しようとする遊放的精神をもつ演出家は それほど多くはない。

アジア劇場を主宰する、林英樹は『フーレップ物語』で、北海道の寒村 につたえられた泣く木の伝説を軸に、演劇のなかに、幾つもの説話を 持ち込んでいる。そして、村人の記憶の世界を用いるのだ。にもかか わらずこの演出家の世界は土地の記憶から、限りなく逃走しようとす る意思を垣間見せている。


むかし、通過する機関車の下に身を横たえ、列車の圧しつけるような 轟音と枕木のうねりのはざまで、身じろぎすることなく、大地の脈動を 感じることに戦慄した保線区員がいたという。彼は危険に身をさらすこ とで、鉄路の彼方にある未知の世界を幻視しようとしたのである。彼 (滝康弘)の見た世界が、三人の保線区員のとぼけた演技と奇妙に交 錯するのが『フーレップ物語』の基本的構造だ。しかし、この芝居で一 人の保線区員の見る夢は、北方のおとぎの国のように美しくもあり、 残酷でもある。

それは鉄路の彼方に彼が幻視するユートピア、フーレップの地が、風 すらも凍えさせる土地であるばかりか、彼の前に亡霊のように登場 し、「嵐の夜に木が泣いていた」と繰り返し語ろうとする死んだ青年が 彼自身にほかならないからだ。

その青年に答えように囁きかける木の精(大塚由美子)は、青年の恋 人の転生した姿であるが、彼女の声も、途切れがちなのだ。ただ、風 の吹く日、その木は悲しそうに泣き続けたという。
この木は切り倒され、伝説は忘れ去られようとしているが、このささや かな伝説を舞台に甦らすことで、林英樹は、森の精たちの妖しくも美し い、騎士物語にも似た伝説の王国の復活を歌いあげるのだ。その光 景は都会のショーウインドウの輝きのなかで欲望を徒に消費し続ける 現代人が見失いつつある風の匂いを思い起こさせる。

それは、木の精が語る伝説が、彼女の悲しい過去であるだけでなく、 風に伝えられる集団的な幻想だからだ。木の精は、だから、これは私 のことではない、それはたとえばの話と繰り返すのである。

だから、舞台に出現する幻視された世界の出来事、そこで語られる声 は、北方の風そのものにほかならないのだということに思い至るとき、 林英樹の物語の世界は、広大な説話の世界に観客を誘ってくれるだ ろう。                  


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